哲学 3
対立物の相互浸透 その 3
<3> 認識論と弁証法 − その1 絶対的真理と相対的真理および真理と誤謬との関係
永久的真理
「石川 啄木は男であった」
「1945年8月6日、広島に原爆が投下された」
これらが将来において変更されたり、訂正されると考えるのではなく、いつまでも真理としての資格を失わないと認めるならば、永久的真理と認める。
真理は人間の外界の反映として成立するのですから、その意味では真理も発生し消滅する存在には違いないが、それが真理としての性格を否定されることはないという意味で、間違っているといわれることはないという意味で、これを永久的真理と呼ぶことができる。
「完全な認識は定められた制限の中においてのみ可能である。完全な真理とは常に自己の不完全を意識している真理である」− ディーツゲン 「人間の頭脳のはたらきの本質」
絶対的真理と相対的真理真理と誤謬の相互転化
- 9÷2=4.5 絶対的真理(ある範囲内)
- 9人を 2 つのグループに分けても 4.5人にはならない。 相対的真理
「真理と誤謬とは、両極的な対立をなして運動するすべての思惟規定と同様に、ごく限られた領域に対してしか、絶対的な妥当性を持たない。」
「せまい、領域以外に適用するやいなや、この対立は相対的となり、したがって、また科学的表現のしかたは役に立たなくなる。」
「この対立を絶対的に妥当するものとして、そうした領域以外に適用しようと試みるならば、我々はそれこそ、破局に落ち込んでしまう。
対立物の両極はその反対物に転化し、真理は誤謬となり、誤謬は真理となる。」 − エンゲルス 「反デューリング論」
相対的誤謬
「石川 啄木は女である」
このような間違った認識の中にさえ啄木という人間の存在を認めているという真理が含まれている (相対的誤謬)
「真理はある一定の条件のもとにおいて真理であって、ある条件のもとで誤謬がかえって真理となる」
「誤謬の本質は逸脱ということである。ガラスの玉は、本物の真珠を気取るときはじめてニセモノとなる」 − ディーツゲン 「人間の頭脳のはたらき」
真理は一定の条件において誤謬に転化するという媒介関係を認める。− 弁証法
真理は真理、誤謬は誤謬。どこまでいっても変化しない。− 形而上学
人間は誤謬から逃れられない
この無限の世界を常に有限にしか認識しえないというのは 1 つの矛盾。
この矛盾があるから、無知から知がうまれ、認識の運動、認識の発展が起こる。
何が理解できていないか、それが理解できているということ。
宗教などは、ごうまんにも「聖書ですべて理解できる」とか、「教祖はすべてを知っている」とか言っている。範囲無しでの絶対的真理を認めている。誤謬はないということである。
この状態では、認識の運動など起こるはずもなく、中世ヨーロッパでは、「地球が宇宙の中心で、太陽はその周りを回っている」などと主張して、あらゆる科学を抹殺した。つい最近まで、「進化論を認めない」などと言っていたのである。
対抗する科学者や科学的な考えをもつ人々を血の海に沈めた後は、「天使にへそがあるかどうか?」、「伊勢エビは不死か?」など、ばかげた議論を行っていた。
実際、ルネッサンスが起きるまで、ヨーロッパでは、認識の発展はごく限定的なものであった。
あらゆる認識は一定の限界の中でのみ完全であると同時に対象全体に対しては不完全であるという完全と不完全との統一が生まれる。
人間の認識が矛盾の上に成立している以上誤謬から逃れることはできない。
認識は近似的である
唯物弁証法は世界の無限の多様性と、人間の意識そのものの有限性との矛盾がどのようなかたちをとって発展していくかをしらべて、正しい模写説を建設することを要求します。