ローカル座標塾
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第2期


第1回
7月22日(金)
グローバリゼーションは暴力だ!

 私たちが毎日のように口にする野菜・肉・魚、上から下まで身につけている衣料は、そのほとんどがメイド・イン・ジャパンではありません。メーカーも、地方の工場を閉鎖して中国など賃金の格段に低いアジア諸国に工場を争って移転させています。そのため、地方の都市は急速にさびれ、駅前商店街のシャッター通り化が進んでいます。町で出会う外国人の姿は増えつづけていますが、それが犯罪の急増する原因になっているという話がまことしやかに流されています。
 グローバリゼーションは、私たちの生活や文化や働き方や社会のあり方を急激に、そして根底から変えつつあります。それは抗しがたい世界の発展の流れだと言われますが、至る所で貧富の格差を広げ、女性をはじめ多くの人びとを苦しめる暴力をふるっています。
 グローバリゼーションを推進している主役は誰か、グローバリゼーションが引き起こしている問題は何か、その目に見えない仕組みはどのようなものか。私たちの生活の場面から、世界の大きな流れを捉えかえしていきます。

第2回
8月26日(金)
不安とあきらめの格差社会−−その正体

 日本では、格差が急速に広がっていることを多くの人が実感しています。
 年収1千万円以上稼ぐ高所得者層と全体の4割近くを占めるまでに増えた300万円以下の貧困層。成果主義の導入でボーナスや賃金にどんどん差がつく「勝ち組」と「負け組」。減る一方の正社員と増えつづけるパート・アルバイト・派遣社員。親の所得や職業によって学習意欲や進学にも差が生まれている子どもの世界。フリーター417万人、ニート85万人といわれる若者たちは将来のことを夢見ることをあきらめ、その親たちも不安に包まれています。
 収入も働き方も希望も二極に引き裂かれる格差社会が、なぜ、出現したのか? 「一億総中流社会」と呼ばれた、かつての企業社会を中心にした安定的な社会や経済の仕組みは、どのようなものであったのか? その仕組みは、どこで行き詰まり、どのようにして崩れてきたのか? 階層社会・格差社会の行き着く先には、何が待っているのか?
 高度経済成長の時代以降の日本の経済・社会の特徴と変化を捉えかえし、見たくない現状を直視したいと思います。

第3回
9月30日(金)
公共性って、何だ?

 いま、多くの人びとが社会的つながりを失い、ばらばらにされた得体の知れない不安の中に放置されています。日常生活に不安を感じる人は、実に67%と過去最高になっています。不安は、グローバリゼーションが人びとのこれまでの生活や働き方を破壊したり、格差社会が到来することによって生まれているのですが、多くの人びとにとって不安の正体や原因は簡単には見えません。
 では、人びとが不安を解決し、安心と拠り所を手に入れるオルタナテイブ(もうひとつの世界や社会)を対置する上で、何がキーワードになるのでしょうか。その一つが、公共性です。
 しかし、公共性はいま、正反対の二つの意味で主張されています。改憲をめざす勢力が主張しているのは、国家という意味での公共性の復権です。個人の自由を制限して、日本人としての伝統や国を守る義務を重視せよというわけです。民衆の運動が立ちあげてきた公共性は、誰をも排除しないという公平性、共感にもとづく助け合いや連帯、当事者が決定するという自治といった意味を含んでいます。
 オルタナテイブを構想するためのキーワードとなる公共性とは、どういうことか? 公共性についての原理や論争や具体的な実践例を取り上げます。

第4回
10月28日(金)
左翼はなぜ、ここまで衰弱してきたのか?

 日本の政治はいま、急速に右旋回しています。十数年前までは予想もできなかったようなイラクへの派兵、有事関連法の成立、教育基本法の改悪、そして改憲の企ての本格的進行といった事態が進行しています。また、安全を頭から無視し競争に勝つための効率至上主義にJR西日本会社を走らせ、悲惨な大事故を引きおこした根本的な原因が国鉄民営化にあることが明らかになったにもかかわらず、郵政民営化の暴挙がしゃにむに強行されようとしています。
 しかし、この政治的右傾化と市場原理主義の暴走にストップをかけるだけの政治的な主体と力は、残念ながら登場していません。反戦平和や護憲の立場に立つ「革新政党」は衰退の一途を辿り、かつて直接行動によって大きな政治的・思想的力を発揮した新左翼運動も周辺に押しやられています。六〇年安保闘争、ベトナム反戦闘争、全共闘運動をはじめ、三井三池闘争や反公害運動や三里塚闘争と、巨大なエネルギーを発揮した社会運動は、なぜ退潮してきたのか? 左翼の政党や政治勢力は、なぜ人びとの支持を失って衰退してきたのか?
 戦後日本の政治は、自民党の対米従属と経済成長主義・利益誘導政治によって特徴づけられますが、自民党政治と社会運動および左翼の政治勢力との対抗関係を振り返り、新しい政治と運動を創出するための教訓を学びたいと思います。

第5回
11月25日(金)
社会はどうやって変えられるのか?

 現にある国家や社会のあり方を問題にし、これを変革して、民衆にとって望ましい社会を形成することをめざすのが社会運動です。
 そこで、どのような社会をめざして、誰が中心になって、どのような道筋と手段で社会変革=革命を推し進めるのかという明確な構想や理論をもつことが問われます。民衆を代表する政党や政治勢力が国家権力や政権を奪い取って、社会や経済の仕組みを変えるというのが、社会変革の伝統的な構想と理論でした。しかし、こうした構想による革命はソ連に見られるように、とんでもなく抑圧的な社会を産み落とし、この社会変革の構想は破産してしまいました。それでは一体、政権や国家権力を獲得しなくても社会の仕組み全体を変えることは、はたして可能なのでしょうか? また、どのようにすれば、可能になるのでしょうか?
 いま、世界的な反グローバリゼーションの運動の波が高まるなかで、世界社会フォーラムの場でも、このテーマが活発に議論されはじめています。社会変革についてのこれまでの思想や理論を整理・検討しながら、社会運動の新しい試みのなかから、社会はどうやって変えられるかを考えてみます。

第6回
2006年1月20日(金)
どこに希望を見つけ、創りだすのか?

 5回の講義と討論を締めくくるために、何人かの受講者にレポートを出してもらい、自由なディスカッションを行います。どちらを向いても暗澹たる出来事や腹が立つ話ばかりの日本の社会で、それでも社会を変えていく可能性はないのか?
 世界の反グローバリゼーション運動では何が始まっているのか? 日本のローカルな運動では? そして若者たちはいま? どこに現状を変え人間らしく生きることのできる希望を見つけ、創りだしていけばよいのかを、縦横無尽に、ワイワイガヤガヤ論じあいたいと思います。



新聞グローカルに報告を連載中


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